私たちは、言葉以前の“場”と対話している
「私たちは、目の前の相手と、言葉を交わしている」——誰もが、そう信じています。
しかし、もし、その常識が、私たちのコミュニケーションの本質を見えなくさせているとしたら、どうでしょうか。私は、これまでの探究を通して、むしろこう考えるようになりました。
私たちは相手と言葉を交わしているつもりで、実のところ、その二人を取り巻く「場(フィールド)」とこそ、対話しているのかもしれない、と。
なぜなら、私たちは皆、経験的に知っているはずです。
- 全く同じ言葉を発したとしても、話す場所や、そこにいるメンバー、その瞬間の「空気」が変われば、その言葉の受け取られ方、通じ方は、全く異なるものになること。
- そして、会話の中で生まれる、あの気まずい、あるいは意味深な「沈黙」という名の“空白”が、時に、どんな雄弁な言葉よりも、驚くほど雄弁に、その後の会話の方向性を決定づけてしまうことがあること。
ここに、私が長年、そしてこれからも探求し続けるであろう、「場の哲学」が立ち上がってきます。対話とは、決して「個人 × 個人」という二者間の閉じた関係性の中だけで完結するものではありません。それは、〈語り手 + 聞き手 + その二人を包む場〉という、三項関係の中で初めて、その本来の機能を果たし、生命を宿すのです。それが、私の揺るぎない立脚点です。
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