■ はじめに：「比べても仕方ない」と頭ではわかっているのに、心がざわつく理由
SNSを開けば、誰かの華やかな発信や、目覚ましい実績が目に飛び込んでくる。同業者の活躍ぶりや、フォロワー数の増減に、ふと心が揺れ動き、急に自分自身がちっぽけで、取るに足らない存在のように思えてしまう…。そして、気づけば「それに比べて、私はまだまだだ」「もっと頑張らなければ」と、自分自身を無意識のうちに責め、追い立ててしまう。
こうした感覚は、情報が絶えず流れ込み、他者との比較が容易になった現代を生きる多くの人が、程度の差こそあれ、日々抱えている“静かで、しかし根深い自己否定”の構造なのではないでしょうか。
なぜ、私たちは「比べても意味がない」と頭では理解していながらも、つい他人と自分を比較し、心を消耗させてしまうのでしょう。私は、この「比較」という行為の正体を、このように捉えています。それは、「他人の人生の文脈や、その人にとっての“正しさ”や“価値”を、知らず知らずのうちに自分自身の評価軸へと持ち込んでしまい、その借り物の尺度で自分を測ろうとしてしまう行為」だ、と。
■ 「比較」の罠は、あなた自身の“大切な問い”を見失わせてしまう
誰かの輝かしい活躍を目にして、自分が劣っているように感じてしまう。その瞬間、私たちの心の中から、本当に大切だったはずの問いが、すっと消え去ってしまうことがあります。
「そもそも私は、何を大切にしたくて、この仕事を、この活動を始めたのだったか？」
「私は誰に対して、どんなユニークな体験や価値を届けたくて、日々言葉を紡ぎ、発信を続けているのだろうか？」
「私が本当に目指していたのは、『誰よりも上手にやる』ことだったのだろうか？ それとも、『他の誰でもない、自分らしく在ること』『自分自身の本音に誠実に生きること』ではなかっただろうか？」
「比較」とは、このように、私たちが一度は自分自身で見出したはずの、内なる羅針盤や、行動の源泉となる「問い」を見失い、いつの間にか「外側から与えられた尺度」に従って、自分自身を評価しようとしてしまうときに起こる、“心の迷子”の状態なのです。
■ 「自分軸を探す」のではなく、「すでにある“私の基準”に、ただ戻ってくる」
では、この比較の罠から抜け出し、自己肯定感や、自分自身への揺るぎない信頼を取り戻すためには、どうすれば良いのでしょうか。その鍵は、「新しい自分軸を、外に探しに行く」ことではありません。むしろ、それは、私たち一人ひとりの中に、実はすでにあるはずの“自分自身の基準”に、意識的に立ち返ることなのだと、私は考えています。
私の視点から、それをもう少し具体的に言い換えるならば、それは、「かつての自分が、何の疑いもなく“自然で、心地よい”と感じていた、あの時の感覚に、もう一度丁寧に戻ってくること」と言えます。
- 誰に強制されるでもなく、ただ夢中になって、静かに深く集中できていた時間は、どんな時だったでしょうか？
- 目に見える結果がすぐに出なくても、あるいは他者からの評価が得られなくても、そのプロセスそのものに、心が満ち足りていた体験はありませんでしたか？
- 周囲の誰の目も気にすることなく、ただ自分の内側から湧き上がる衝動に従って、素直に、自由に行動できた瞬間を、思い出せませんか？
そうした、あなた自身の過去の記憶の中にこそ、誰にも真似できない、あなただけの「価値の物差し」や「心地よさの基準」が、静かに眠っているはずなのです。それらを丁寧に掘り起こし、今の自分と繋ぎ直す作業。それこそが、自己肯定感を取り戻すための、最も確かな道筋ではないでしょうか。
■ 「比較してしまう」のは、自分の進むべき“道”が、霞んで見えなくなったサイン
私たちが他人と自分を比べてしまうのは、決して意志が弱いからでも、心が未熟だからでもありません。それは多くの場合、「自分が本来、心を込めて向き合いたいと思っていた方向性」や「大切にしたいと願っていた価値観」が、日々の忙しさや外部からの情報ノイズによって、一時的に霞んでしまい、見えにくくなっている時に起こる現象なのです。
だからこそ、自己肯定感を取り戻し、比較の苦しみから自由になるための本当の第一歩は、「比較するのを、今日から一切やめましょう！」と自分に無理強いすることではありません。それはむしろ、「ああ、また今、自分は誰かと比べて、ザワザワとした気持ちになっているな」と、その心の動きに、まず“正直に気づく”こと。そして、その気づきをきっかけとして、「では、私が本当に大切にしたい、本来の“問い”や“基準”とは何だったのだろうか？」と、自分自身の内側へと意識を戻していく。その通路を開くことなのです。
■ 自己肯定感とは、「他人と違っていても、私は私のままで大丈夫だ」という、静かな強さ
私は、「自己肯定感」というものを、このように捉えています。
それは、「常に誰かと自分を比べ、同じであることや、優れていることで安心感を得ようとする力」では決してなく、むしろ「たとえ他者と大きくズレていたとしても、あるいは理解されなかったとしても、それでもなお、自分自身の内なる感覚や価値観を信頼し、自分のリズムで歩き続けることを自分に許せる、しなやかで静かな強さ」なのだ、と。
自分自身の基準に立ち戻り、それを大切にできる人は、誰かと自分を比較して一喜一憂することから解放されます。そして、たとえ周囲とは異なる道を歩むことになったとしても、自分自身の内なる声に導かれ、自分のペースで、納得感をもって進み続けることができるのです。その、他者の評価に依存しない、自分自身の固有のリズムの中にこそ、本当の意味での安心感と、揺るぎない自己肯定感が、静かに育まれていくのではないでしょうか。
■ 結びに：「比べない」ことよりも、「いつでも戻ってこられる場所」を、自分の中に持つこと
情報化社会の中で、他人との比較を完全に意識の外に置くことは、もしかしたら難しいのかもしれません。私たちは、否応なく他者の存在を意識し、影響を受け合う生き物だからです。
しかし、大切なのは、たとえ比べてしまったとしても、その後に必ず立ち返ることのできる「自分の場所」——それは、あなた自身の“本質的な問い”であり、“譲れない価値観”であり、“心地よいと感じる基準”——を、自分自身の内側に、確かに持っているかどうかということです。
その「戻る場所」さえあれば、私たちは、比較という名の情報の洪水に飲み込まれることなく、再び自分自身のペースと、本来の進むべき道を取り戻すことができるのです。
だからこそ、もしあなたが今、誰かとの比較で心が揺れているのなら。
今日この一つの問いだけを、ご自身の心に、深く、そして優しく投げかけてみてください。
「私は、本当は何を大切にしたくて、この道を歩み始めたのだったか？」
その問いへの、あなただけの答えの中にこそ、他者の評価軸から自由になり、自分自身の人生を心から肯定していくための、かけがえのない光が灯っているはずです。
