
■ はじめに:「気づいた、けれど…」その先へ進むために
前回の記事では、「ラケット感情」や「人生脚本」といった、私たちが無意識のうちに繰り返してしまう心の構造について探求しました。もしかしたら、「ああ、自分にも思い当たる節があるな」と、ご自身のパターンに気づかれた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、同時にこう感じた方もいるのではないでしょうか?
「仕組みは分かった。でも、じゃあ具体的にどうすれば、それを変えていけるのだろう?」
「気づきはあったけれど、正直、何から手をつければいいのか分からない…」
そう、「気づき」は変容への大切な第一歩ですが、残念ながら、気づいただけでは、私たちの人生が自動的に変わるわけではありません。 人は、一夜にして全くの別人になることはできません。しかし、長年続けてきた無意識のパターンとの「関係性」を変え、新しい選択肢を増やしていくための具体的な一歩は、今日のこの瞬間からでも、確かに踏み出すことができるのです。今回は、探究講座の中でもお伝えしているエッセンスをもとに、その「無意識の脚本を意識的に書き換え始めるための、実践的な3つのステップ」について、お話ししたいと思います。
■ ステップ①:「この反応、本当に『私』が選んでる?」と立ち止まって問いかける
私たちの悩みの多くは、特定の状況に対する「瞬間的で、自動的な反応」から始まります。カッとなって言い返してしまう、黙り込んでしまう、諦めてしまう、あるいは愛想笑いでごまかしてしまう——。日々繰り返されるその反応は、本当に「今のあなたが、主体的に望んで選んだ」ものでしょうか? それとも、過去から続く古い脚本に、ただ無意識に従っているだけなのでしょうか?
まず大切なのは、その自動反応が起きた瞬間、あるいは直後に、意識的に立ち止まることです。そして、自分の反応に、客観的にラベルを貼ってみる練習から始めましょう。
「いま私は、“相手を正論でねじ伏せようとする”脚本を演じているのかもしれない」
「ああ、また無意識に“自分は悪くない、可哀想な被害者だ”というポジションに入ってしまったようだ」
「これは、“波風を立てずにその場をやり過ごす”ための、いつものパターンだな」このように、自分の反応を「ただ観察し、名付ける」。批判も肯定もせず、ただ「こういう脚本が発動したな」と認識する。たったそれだけでも、「脚本に飲み込まれてしまう」状態から、一歩引いて「脚本を読む(客観視する)」状態へと、意識のモードを切り替えることができます。これが、書き換えのスタート地点です。
■ ステップ②:「もし違うセリフを言うとしたら?」新しい言葉を練習してみる
無意識の脚本には、多くの場合、お決まりの「セリフ」が伴います。まるで役者のように、私たちは特定の状況で、特定の感情と共に、特定の言葉を口にしてしまう傾向があります。
「(どうせ分かってもらえないから)もういいです、私が全部やりますから」
「(期待されても困るから)どうせ私なんて、そんな大したことはできませんよ」
「(私の気持ちなんて)あの人には、どうせ分かってもらえないんですよ」
この自動的に出てくるセリフを意識的に変えてみること。それが、脚本を書き換えるための具体的でパワフルな第二歩となります。大切なのは「練習」として、まずは「もし違うセリフを言うとしたら、どんな言葉があるだろうか?」と考えてみること、そして可能であれば、実際に口に出してみることです。
例えば、いつもなら黙ってしまう場面で:
「(頼るのは苦手だけど)少し手伝ってもらえると、とても嬉しいです」と伝えてみる。
「(すぐに結論は出せないけれど)まだ自分の中で整理できていないので、少し話を聞いてもらえませんか」と相談してみる。
「(相手のせいにする代わりに)もしかしたら、これは私自身の課題だったのかもしれません」と内省を言葉にしてみる。
最初はとても不自然で、ぎこちなく感じるかもしれません。まるで自分ではない誰かのセリフを、無理やり言っているような感覚があるかもしれません。でも、それでいいのです。その新しい言葉を何度か意識的に使っていくうちに、それが古い脚本とは異なる、新しい物語の始まり、新しい可能性の扉を開いてくれるはずです。
■ ステップ③:「感情の波」に反応せず、“通過させる”ための時間を持つ
怒り、寂しさ、不安、虚しさ、焦り…。こうした強い感情が湧き上がってきたとき、私たちは無意識のうちに、その感情に突き動かされるように反応してしまいがちです。誰かを責めたり、自分の中に閉じこもったり、衝動的な行動に出たり…。しかし、その反応こそが、しばしば古い脚本を強化し、ラケット感情を「再演」させてしまう原因となります。
そこで重要になるのが、湧き上がってきた感情に対して、すぐに反応するのではなく、まず「ただ、その感情と共にあり、それを感じ切り、自然に“通過させていく”」ための、意識的な時間と空間を持つことです。
探究講座の中でも、私はよくこうお伝えしています。「その感情を、良い悪いと判断せず、無理に変えようともせず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つように、あるいは流れる雲を眺めるように、静かに観察する時間を持ってみてほしい」と。
具体的には、以下のようなワークが助けになるかもしれません。
- 3分間の呼吸観察: ただ静かに座り、自分の呼吸に意識を向けながら、胸やお腹で感じている感情の身体感覚を、評価せずにただ観察します。
- セドナメソッドの活用: 心の中で、その感情に対して「この感情を手放せますか?」「手放したいですか?」「それはいつ?」と、優しく問いかけ、自然な解放を促します。(手放せなくても構いません)
- 感情ジャーナリング: ノートに「この感情が、もし言葉を持つとしたら、私に何を伝えようとしているのだろう?」と問いかけ、心に浮かぶことを自由に書き出してみます。
大切なのは、感情そのものを敵視しないことです。感情は、重要なメッセージを運んでくるメッセンジャーでもあります。そのメッセージを受け取りつつ、感情の波に自動的に反応してしまう古いパターンから抜け出す。それが、ラケット感情の繰り返しから自由になるための鍵となるのです。
■ 変化とは、「反応の選択肢」が増えるということ
無意識の脚本を書き換えるというのは、完璧な人間になることでも、常にポジティブでいられるようになることでもありません。それはむしろ、「これまでとは違う反応や行動を、新しく選べるようになる」ということ、つまり「選択の自由度」が増えることなのだと、私は考えています。
自動的に怒ってしまう以外にも、自分のニーズを穏やかに伝える言葉がある。
反射的に黙り込んでしまう以外にも、助けを求める表現方法がある。
すぐに諦めてしまう以外にも、まだ試せる小さな一歩が残されているかもしれない。
その、新しい可能性に気づき、それを選ぶことができるようになったとき、私たちの人生は、少しずつ、しかし確実に、より自由で、より自分らしい方向へと変わっていくのではないでしょうか。
■ あなたの脚本は、いまこの瞬間も、書き換えの途中にある
長年慣れ親しんだ無意識の脚本を修正するには、確かに時間と根気が必要かもしれません。一朝一夕にすべてが変わるわけではありません。
しかし、「あ、またいつものパターンにはまっているな」と気づけた瞬間から、あなたの人生の「編集作業」は、すでに始まっているのです。
この記事でお伝えした3つのステップが、あなたの中にいる「もう一人の脚本家」を目覚めさせ、より自由で豊かな物語を紡いでいくための、ささやかなきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。